大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)9084号 判決 1989年9月25日

原告

松本成人

右訴訟代理人弁護士

今中利昭

村林隆一

吉村洋

釜田佳孝

浦田和栄

谷口達吉

松本司

村上和史

右今中利昭訴訟復代理人弁護士

森島徹

被告

株式会社三ツ輪

右代表者代表取締役

三輪哲也

被告

三輪哲也

被告

三輪ユキヱ

右三名訴訟代理人弁護士

奥西正雄

主文

一  被告株式会社三ツ輪は原告に対し、金四八二万〇七二三円及びこれに対する昭和六〇年九月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社三ツ輪に対するその余の請求、同三輪哲也、同三輪ユキヱに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社三ツ輪間においては原告に生じた費用の三分の一と被告株式会社三ツ輪に生じた費用の合計額のうち二分の一を同被告の負担、その余を原告の負担とし、原告と被告三輪哲也、同三輪ユキヱ間においてはすべて原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一〇四七万四三四二円及びこれに対する昭和六〇年九月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告株式会社三ツ輪は、原告に対し、原告が同被告の取締役である旨の登記の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1、3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告株式会社三ツ輪(以下「被告会社」という)は、繊維製品の製造販売等を業とする会社、被告三輪哲也(以下「被告哲也」という)は同社の代表取締役社長、被告三輪ユキヱ(以下「被告ユキヱ」という)は同社の経理及び人事担当の取締役である。

2  原告は昭和四一年四月一日、被告会社と雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という)、同日から自己都合により退職した同六〇年八月一六日まで勤務した。

3  未払給与

本件雇用契約において、被告会社は原告に昭和五九年一月以降月額三三万円の給与を支給する約定であった。原告の同月から昭和六〇年八月分までの給与合計額は、六四四万〇三三二円である(同年八月分は日割計算で、三三万円を三一日で除し一六日を乗じた一七万〇三三二円)。原告は被告会社から別紙(略)給与入金状況表記載のとおり、右期間の賃金として合計二八五万七八七〇円を受け取ったので、未払給与合計額は三五八万二四六二円である。

4  通勤交通費

本件雇用契約において、原告が通勤に支出する交通費については、原告が一旦これを立て替え、被告会社が原告に各月毎の立替分を翌月に支払う約定であり、原告は別紙交通費一覧表記載のとおり、合計一八万二九八〇円の通勤交通費を支出した。

5  退職金

(一) 被告会社には、退職金規定(以下「本件退職金規定」という)があり、勤続五年以上で本人の都合による退職者に対しては、退職当時の本給に勤続年数(勤続年数に一年未満の端数があるときは月割計算によって算出し、一月未満は一月に切り上げる)を乗じ、更に左記支給率を乗じた金額を退職金として支給する旨規定されている。

勤続年数五年以上一五年未満 一〇〇分の五〇

勤続年数一五年以上二〇年未満 一〇〇分の七〇

勤続年数二〇年以上二五年未満 一〇〇分の一〇〇

勤続年数二五年以上 一〇〇分の一二〇

(二) 原告の勤続年数は単純計算では一九年四か月であるが、原告は入社九年目の昭和五〇年一〇月に勤続一〇年表彰を受けており、入社後九年目に勤続一〇年として扱う趣旨であるから、原告の勤続年数は二〇年四か月となる。

(三) 原告の退職時の本給は三三万円であり、勤続年数は二〇年四か月であるから、原告の退職金額は、三三万円に勤続年数二〇・三三を乗じ、更に支給率一〇〇分の一〇〇を乗じた六七〇万八九〇〇円となる。

(四) 被告会社の給与台帳に原告の本給が八万五〇〇〇円と記載されていたとしても、右本給は極めて少額であり、毎月一定額の手当、役付手当及び残業手当が支給されこれらが全給与の主要な部分を占めていることからして、本件退職金規定のいう本給とは、給与台帳記載の本給、手当、役付手当及び残業手当を合計した三三万円であると解すべきである。

6  被告哲也及び被告ユキヱの責任

(一) 被告哲也は、被告会社の代表取締役として業務全般の執行権限を有する者であり、被告ユキエは経理担当取締役として給与、通勤交通費、退職金等の具体的な支出決定権限を有する者であるところ、両被告は、被告会社は原告に対し前記3ないし5記載の各金員(以下「本件各金員)という)を支払う義務を有し、資力もあるから、職務上の権限に基づき右支払手続をすべきであるにもかかわらず、悪意によりその手続をしない。

(二) 両被告が右手続をとらない理由が、被告会社の売上低下による業績悪化のためであるとしても、

(1) 被告哲也は、代表取締役として、被告会社の運営が健全か否か絶えず監督し、杜撰な運営が行われているときは適切な処置をとるなど業務執行全般を行う職責を有し、被告ユキヱは、被告会社の経理及び人事担当取締役として、代表取締役の業務執行の全般について監視し、取締役会によるなどしてその業務執行が適正に行われるよう尽力すべき立場にあるとともに、経理及び人事面については自己に委譲された範囲内で会社の意思決定に基づいた運用をする職責を有する。

(2) しかるに被告ユキヱは、その権限を逸脱し、代表取締役である被告哲也の意見を聴かないまま自己の思うように被告会社を運営したが、その運営状況は、対内的には他の役員や従業員と一切協調せず、対外的には取引先との折衝を行わないという経営常識を逸脱したものであった。被告哲也は被告ユキヱの右会社運営を漫然と放置した。

(3) 被告哲也及び被告ユキヱは、何ら被告会社経営の努力をせず、個人財産の温存を図るため、従業員が望みを捨てて退職することや、未払給与、退職金等の請求を断念するのを待つ態度に終始した。

(4) 両被告の右職務違反、職務怠慢により、被告会社の業績は悪化し、そのため原告は被告会社の経営が健全であれば当然受領できた本件各金員を受領できず、同額の損害を被った。

7  原告は、昭和六〇年九月九日到達の書面により、被告会社に対し、同月一八日までに本件各金員を支払うよう催告した。

8  取締役登記の抹消

(一) 被告会社は、原告が昭和五七年二月二八日取締役に就任した旨の商業登記を経由している。

(二) しかし、原告を取締役に選任する旨の株主総会の開催はなく、原告は取締役就任を承諾したこともないので、右登記は無効である。

9  よって、原告は、被告会社に対し、未払給与三五八万二四六二円、通勤交通費一八万二九八〇円、退職金六七〇万八九〇〇円の合計一〇四七万四三四二円及びこれに対する催告の支払期限の翌日である昭和六〇年九月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに原告が取締役である旨の登記の抹消手続を求めるとともに、被告哲也及び被告ユキヱに対し、商法二六六条ノ三による損害賠償請求権に基づき、右同額の金員及び遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、昭和五九年一月の原告の給与月額が、諸手当を含め税金社会保険料等込みで三三万円であったことは認めるが、同年一月から翌六〇年八月分までの給与合計額及び未払給与合計額は否認する。なお、原告の一か月の手取給与額は、右三三万円から、失業保険料一八一五円、健康保険料及び厚生年金二万八五六〇円、所得税一万一八七〇円を控除した二八万七七五五円であるから、未払給与の算定にあたっては右手取額を基準とすべきである。

3  同4の事実のうち、原告の支出した通勤交通費の金額は認めるが、その余は否認する。被告会社は通勤交通費を支給していたことがあるが、それは義務に基づくものではない。

4(一)  同5(一)の事実は認める。

(二)  同5(二)の事実は否認する。

(三)  同5(三)の事実のうち、原告の勤続年数については一九年五か月、原告の退職時の本給については八万五〇〇〇円の限度で認めるが、その余は否認する。

(四)  原告の退職時の給与月額三三万円の内訳は、給与台帳記載のとおり、本給八万五〇〇〇円、手当四万五〇〇〇円、役付手当八万円、残業手当(能力給たる性格をもつ)一二万円であり、被告会社は従来から、給与台帳記載の本給を基礎金額として退職金を算定し支給している。したがって、原告に退職金を支給すべきであるとしても、その額は八万五〇〇〇円に一九と一二分の五を乗じ、更に勤続年数一九年五か月に対応する支給率一〇〇分の七〇を乗じた一一五万五二九一円である。

5(一)  同6(一)の事実のうち、被告哲也は被告会社の代表取締役として業務全般の執行権限を有する者であり、被告ユキヱは経理担当取締役であることは認めるが、その余は否認する。

(二)  同6(二)(1)の事実は認めるが、同(2)ないし(4)は否認する。

6  同7の事実は認める。

7  同8(一)、(二)の事実は否認する。被告会社は、原告が昭和五七年二月の株主総会において同社の取締役に選任され、原告はこれを了承したので右登記をしたが、その後抹消した。

8  被告哲也及び被告ユキヱ(以下「被告哲也ら」ということがある)は、被告会社の経営に関する義務を果たしており、商法二六六条ノ三の責任を負う理由はない。

(一) 被告会社は繊維製品の製造販売を業としているが、繊維業界は慢性的に不況であり、被告会社も一〇数年来赤字経営を重ねてきた。しかもその経営は関係会社サ・ムーンの倒産を原因として、昭和五八年八月以降ますます悪化した。

(二) 被告会社は昭和五五年九月本社ビルを売却し、その代金をもって住友銀行、住友商事らに対する債務の弁済に充てた。

(三) 被告哲也は、昭和五四年八月被告会社のため商品材料仕入先である伊藤忠商事に対し、自己所有の不動産を担保として提供し、同五七年一一月同社との間で代物弁済により右物件を譲渡する旨の契約をし、同五八年五月右契約を履行し、被告会社に対し三億六九八四万円余の求償債権を取得したが、被告会社の経済状態からしてその行使は不可能である。

(四) 被告ユキヱは、昭和五七年八月被告会社のため商品材料仕入先であるボンドリームに対し、自己所有の不動産を担保として提供し、同五九年一〇月右物件を売却して同社に対する債務を返済し、被告会社に対し一億一八六六万円の求償債権を取得したが、同様にその行使は不可能である。

(五) 被告哲也は昭和五八年一二月、被告会社が商工中金から二億円の融資を受ける際に、自己所有の土地建物を担保として提供した。

(六) 被告哲也らは被告会社のため、昭和五九年において三九五三万円を立替払し、同六〇年において前年の繰越分を含め五七〇二万円余を立替払した。

(七) このように被告会社の経営は、被告哲也らが自己の財産を注ぎ込むことによって、かろうじて倒産を免れている。

三  抗弁

(未払給与及び通勤交通費請求に対し)

1(一) 原告ら幹部と被告会社間において、昭和五九年七月、以後被告会社は同人らに交通費を支給しない旨合意した。

(二) 被告会社は、同年八月社員全員に対し、経営悪化により事業閉鎖の方法しかない旨説明したところ、原告を含む社員らは、百貨店部門の継続を求めるとともに、少なくとも黙示的に翌九月以降の給料は、従来の額ではなく売上高に応じて減額することに同意した。

(三) 以後被告会社は社員全員に対し、従来の額の給料ではなく売上高に応じ、各人月額一〇万円程度の給料を支払い、社員らはやむを得ないものとして我慢しており、原告もこのことを熟知している。このような状況下において、原告のみが従来の額の給料と交通費を請求することは信義則に反する。

2(一) 被告会社は、昭和五九年一月一日から同六〇年八月一六日までの原告の市民税納付分合計一四万五〇八〇円を納付した。

(二) 被告会社は同六〇年八月原告に対し、給料として一〇万円を支払った。

(退職金請求に対し)

3(一) 被告会社の給与規定二五条は「事業の縮小または廃止により、人員整理を行うときの退職金については、本規定を適用しないことがある」と定めている。

(二) 原告の退職時、被告会社は事業を縮小したにもかかわらずその継続は困難な状況にあり、その後事業を閉鎖した。被告会社は、原告の前に退職した従業員及びその後に退職した従業員から、資金的余裕がないので退職金を払わないとの了承を得ている。したがって給与規定二五条の適用により、原告は退職金請求権を有しない。

4 原告は、前記のとおり被告会社の取締役に就任した。したがって、原告に対しては、株主総会の決議がない限り退職金は支給されない。

四  抗弁に対する認否及び反論

1(一)  抗弁1(一)、(二)の事実は否認する。

(二)  同1(三)の事実のうち、被告会社の社員が低額の給料の支払をやむを得ないものとして我慢していることは否認し、給料と交通費の請求が信義則に反するとの主張は争う。

2  同2(一)、(二)の事実は否認する。

3  同3(二)の事実は否認し、原告は給与規定二五条により退職金請求権を有しないとの主張は争う。原告は自己都合による退職であるから、同規定に該当しない。のみならず、同規定は、事情変更の原則による退職金規定の失効を定めたものであり、単なる被告会社の経営事情の悪化の場合には適用されない。

4  同4の事実のうち、原告が株主総会において被告会社の取締役に選任され、原告はこれを了承したことは否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(被告らの地位)、同2(原告の入退社)の事実は当事者間に争いがない。

二  未払給与及び通勤交通費の請求について

1  原告の昭和五九年一月の月給が所得税社会保険料等込みで三三万円であったこと、原告は別紙交通費一覧表記載のとおり合計一八万二九八〇円の通勤交通費を支出したことは当事者間に争いがない。

2  右事実に成立に争いのない(証拠略)、原告及び被告ユキヱ各本人尋問の結果によれば、原告の給料は昭和五七年六月ころから所得税社会保険料等込みで月額三三万円に昇給し、以後本件雇用契約に基づく原告の給料は月額三三万円となったこと、被告会社は原告の入社時から、当初は定期券、その後は現金の支給により社員の通勤交通費を負担しており、原告と被告会社間において、原告の通勤交通費は被告会社の負担とするとの約定であったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  被告らは、原告は昭和五九年七月通勤交通費の不支給に同意した旨主張し(抗弁1(一))、被告ユキヱ本人尋問の結果にはこれに副う部分があるが、反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らし採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

4  被告らは、原告は同五九年八月、翌九月以降の給料額を売上高に応じて減額することに少なくとも黙示的に同意した旨主張する(抗弁1(二))。原告が給料の減額に明示的に同意したことを認めるに足りる証拠はない。被告ユキヱ本人尋問の結果中には、「同被告は、昭和五九年八月末社員を集め、翌九月以降の給料を支払う目処が立たないので、被告会社の事業を閉鎖したいと述べ意見を求めたが、結論がでないままずるずると事業は継続された。」との部分があるが、反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らしたやすく採用できないし、右内容の事実が認められるとしても、直ちに原告が給料の減額に黙示的に同意したと認めるのは困難であり、他に黙示的同意を窺わせる事実を認めるに足りる証拠はない。

5  被告らは、原告が交通費の不支給及び給料の減額に同意し、他の社員は月額一〇万円程度の給料で我慢していることから、原告の通勤交通費と未払給与の請求は信義則に反する旨主張する(抗弁1(一)ないし(三))。原告が交通費の不支給及び給料の減額に同意したと認められないことは前述のとおりであるし、被告ユキヱ本人尋問の結果によると、被告会社は資力がないため社員の給料を満足に支払うことができず、昭和五九年九月以降各人月額一〇万円程度を支払い、同六二年は退職した一部の社員に対しては未払給与の八割、在職者に対しては一ないし五割を支払ったにすぎないことが認められるが、このことから原告の右請求が信義則に反すると認めることはできず、他に信義則違反を窺わせる事実を認めるに足りる証拠はない。

6  被告らは、判決において賃金の支払を命ずる場合、その額は所得税社会保険料等を控除した手取額によるべきであると主張する。所得税の源泉徴収制度は、支払者に対し、公法上の源泉徴収義務と納税義務を負わせた反面、給与支払の際税額相当額を天引き控除する権能を付与したものであること、社会保険料等については、その一部は労働者の負担であるが、その徴収の便宜上、使用者に対し、自己の負担分と合わせた保険料全額の納付義務を負わせた反面、給与等支払の際労働者の負担部分を天引き控除する権能を付与したものであることからして、使用者が労働者との関係で有する右権能は、私法上の債権とは異なるものであり、労働者の賃金債権がその範囲で減縮されるわけではなく、右天引き権能をもって賃金債権を相殺したり、その行使を阻止しうる性質のものではないと解されるから、賃金の支払を命ずる場合には所得税社会保険料等を控除すべきでないと解するのが相当である。

7  抗弁2(一)の事実(市民税の納付)はこれを認めるに足りる証拠がない。(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、抗弁2(二)の事実(一〇万円の支払)が認められる。

8  以上検討のとおり、原告の昭和五九年一月以降の給与月額は三三万円であり、その額が原告と被告会社間の合意により減額されたものとは認められないから、同月一日から原告の退職日である昭和六〇年八月一六日までの原告の給与総額は六四四万〇三二二円である(同年八月分は日割計算で、三三万円を三一日で除し、一六日を乗じた一七万〇三二二円)。右期間の賃金として合計二八五万七八七〇円を受領したことは、原告の自認するところであり、それ以外に被告会社は賃金として一〇万円を支払っているから、原告が被告会社に対して有する給料債権額は合計三四八万二四五二円となる。そして、原告は被告会社に対し合計一八万二九八〇円の通勤交通費の請求権を有する。

三  退職金の請求について

1  請求原因5(一)の事実(本件退職金規定の存在)は当事者間に争いがない。

2  原告の退職当時の本給額について検討する。

(証拠略)、被告ユキヱ本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告会社の賃金規則二条は、賃金とは本給、一般手当、役付手当を言うと定め、被告会社の給与台帳に原告の退職時の月額給与は本給八万五〇〇〇円、手当四万五〇〇〇円、役付手当八万円、残業手当一二万円と記載されているところ、右賃金規則と本件退職金規定は連動して解釈されるべきであり、本件退職金規定の本給は賃金規則二条の本給と同一であり、給与台帳記載の本給は右各本給を意味すること、被告会社は経営状態悪化のため、昭和五八年ころ以降退職した社員に対しては退職金を支給していないが、それ以前の退職者には退職金として、給与台帳記載の本給を本件退職金規定の本給として算出した金額を支給していることが認められる。したがって、原告の退職金算出の基礎となる退職当時の本給は給与台帳記載のとおり八万五〇〇〇円である。なお、(証拠略)、原告本人尋問の結果によると、原告に交付される毎月の給与明細書には本給、手当、役付手当及び残業手当の各欄があるにもかかわらず何らの記載はなく、末尾の空欄及び支給額合計欄に一括して三三万円と記載されているにすぎなかったことが認められるが、右記載内容から本給、手当、役付手当及び残業手当の合計額が三三万円であると解することも可能であるので、右給与明細書から本給が三三万円であると認めることはできない。また、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、毎月の本給、手当、役付手当及び残業手当の額は昇給がなされない限りいずれも一定であることが認められ、原告の本給額は月給全体の約四分の一にすぎないが、当事者間の雇用契約の内容いかんにより、退職金額の算出方法が決定されるものであり、月額給与のうち一部のみ退職金の算定に用いることも許されるから、右認定事実は、原告の本給が八万五〇〇〇円であるとの認定を左右するものではない。

3  原告は昭和四一年四月一日被告会社に入社し、同六〇年八月一六日に退職したことは当事者間に争いがないから、退職金の算定に関し原告の勤続年数は一九年五か月である(本件退職金規定により勤続年数一か月未満を一か月に切り上げた)。原告は、入社九年目の昭和五〇年九月に勤続一〇年表彰を受けており、入社後九年目に一〇年目として扱う趣旨である旨主張し、原告本人尋問の結果によれば右時期に勤続一〇年表彰を受けたことが認められるが、一〇年経過しないうちに勤続一〇年表彰を受けたからといって、退職金の算定において勤続年数を一年増加させる趣旨とは解されないから、原告の右主張は失当である。

4  以上検討のとおり、原告の退職時の本給は八万五〇〇〇円、勤続年数は一九年五か月であるから、本件退職金規定により、八万五〇〇〇円に一九と一二分の五を乗じ、更に勤続年数一五年以上二〇年未満の支給率一〇〇分の七〇を乗じた一一五万五二九一円が原告が被告会社から受け取るべき退職金額となる。

5  被告らは、被告会社の給与規定二五条に「事業の縮小または廃止により、人員整理を行うときの退職金については、本規定を適用しないことがある」と定められており、原告は同条により退職金請求権を有しないと主張するが(抗弁3(一)、(二))、前述のように原告は自己都合により退職したもので人員整理により退職したものではないから、同条の適用はなく、被告らの右主張は失当である。

6  被告らは原告が取締役に就任したから、株主総会の決議がない限り退職金請求権を有しないと主張する(抗弁4)のところ、(証拠略)によれば、被告会社は昭和五七年七月二六日、原告が同年二月二八日被告会社の取締役に就任した旨の商業登記をしたことが認められる。しかしながら、被告会社の取締役に就任することを原告が承諾したとの点につき、それに(証拠略)(右登記申請に用いられた同日の被告会社の株主総会議事録)には原告名義の署名捺印があるが、原告、被告ユキヱ各本人尋問の結果によれば、原告名義の署名は原告の自筆ではなく、原告名義の印影は、原告が通常使用していた印章ではなく被告会社が保管していた印章を押捺したものであることが認められるので、反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らし右原告作成部分の真正な成立を認めることは困難であり、右議事録から原告が被告会社の取締役就任を承諾したとは認められない。また、取締役就任につき原告の了解を得たとする成立に争いのない(証拠略)並びに被告哲也及び被告ユキヱ各本人尋問の結果は、反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らし採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、前記のとおり商業登記はなされていたが、原告が取締役就任を承諾したと認めることはできないので、原告が被告会社の取締役であることを前提とする被告らの右主張はその余の点につき検討するまでもなく失当である。

四  本件各金員に対する被告哲也らの責任について

1  (証拠略)、原告、被告哲也及び被告ユキヱ各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告哲也は、昭和二五年の設立時より被告会社の代表取締役であり、主として製作企画と営業を担当していた。被告ユキヱは被告哲也の妻であり、設立時より常勤の取締役として経理を担当していた。被告哲也は、昭和五一年ころ肝臓病と糖尿病で入院し、以後入退院を繰り返すようになり、被告会社の経営は被告ユキヱや同社幹部の者が中心となって行い、被告哲也はその報告を受けるとともに、多額の融資や不動産の売却などの重要案件については自ら交渉し決定していた。

(二)  被告会社は服地の製作を行っているが、繊維業界は慢性的に不況で、服地は斜陽産業であり、昭和五一年ころから売上が減少し、在庫が過剰となり、被告会社の収益は赤字となった。被告会社の販売先は専門の服地販売店、洋装店、百貨店が主流であり既製服業者への販売力が弱く、売上が伸びず、以後赤字が続いた。

(三)  被告会社は、東洋紡、東レ・倉紡等の製品を伊藤忠商事や住友商事を通じて購入しており、主力の取引先は右各商社や住友銀行であったところ、右各取引先から大阪市東区南本町所在の本社ビルを売却して負債を返済するよう求められたため、被告会社は昭和五五年に右本社ビルを売却し、右各社に対する元本一一億円余の負債を全額返済し、住友銀行及び住友商事との取引は終了した。そのときに主だった幹部社員が被告会社を退職した。

(四)  被告会社は事業を閉鎖することを検討したが、伊藤忠商事が助力を申し出たので同社との取引を継続したが、売上が伸びず赤字が続き、同社から取引終了を求められた。被告哲也ら及び被告会社の子会社の三ツ輪興業は、伊藤忠商事に対し自己所有の不動産を担保提供していたところ、昭和五七年一一月同社との間で代物弁済により右物件を譲渡する旨の契約をし、同五八年五月までに引渡及び移転登記手続を完了し、被告哲也らは被告会社に対し約二億二四〇〇万円の求償債権を取得したが、それを免除した。

(五)  被告会社は、伊藤忠商事が撤退したためメーカーと直接取引をすることにし、昭和五七年八月ころから倉紡の子会社のボンドリームと毛織物の取引を始めた。その際、被告ユキヱは自己所有の土地を担保提供したが、被告会社の経営状態は依然として悪く、同被告は昭和五九年一〇月、右物件を売却して同社に対する債務の返済に充て、被告会社に対し約一億一八〇〇万円の求償債権を取得したが、それを免除した。

(六)  被告哲也は、被告会社の子会社で、服地から洋服を製作していたサ・ムーンの経営が売上不振と在庫の過剰により悪化したため、昭和五八年に同社の事業を閉鎖した。

(七)  被告会社は昭和五八年一二月、手形決済や仕入代金に充てるため商工中金から一億五〇〇〇万円の融資を受けたが、その際被告哲也は自己所有の不動産を担保として提供した。被告哲也らは被告会社のため、昭和五九年までに三九五三万円を立替払し、同六〇年において一七四九万円余を立替払したが、その返済を受けていない。

(八)  その後社員を中心として被告会社の再建案が検討されたが、被告哲也らは事業を閉鎖して商売から引退することを希望し、自宅を売却して借金の返済に充てることを拒否した。被告会社は、昭和六二年四月に前記三ツ輪興業が所有する箕面のビルを売却し、その売買代金をもって借入金や仕入代金の返済に充てた。被告会社は昭和六二年四月末で営業を停止した。

(九)  被告会社は、経営悪化による資金不足のため、昭和五九年初めころから社員の給料を遅配し、同年九月以降社員全員に対し各自一〇万円程度の月給を支払ったに過ぎず、昭和六二年に未払給与の一部を支払ったものの、同五九年七月ころから社員の通勤交通費を支払わず、同五八年ころ以降退職した社員に対し退職金を支給していない。

2  原告は、被告会社が本件各金員を支払える経営状況にあるにもかかわらず、被告哲也らは悪意により、支払手続をしないと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって右認定のとおり、経営悪化による資金不足のため、他の社員についても給料等を満足に支払っていないことが認められる。

3  原告は、被告ユキヱが対内的には他の役員や従業員と一切協調せず、対外的には取引先との折衝を行わないという経営常識を逸脱した会社運営をし、被告哲也は右会社運営を漫然と放置した旨主張するが、右いずれの事実も認めるに足りる証拠はない。かえって、右認定のとおり、被告哲也らは被告会社の経営のため自己の財産を担保に提供して融資を得、それを処分して借金の返済に充てる等経営努力をしていること、被告会社の経営悪化の主たる原因は、服地が斜陽産業であって売上が伸びなかった点であることからして、被告哲也らがその職務を行うにつき悪意又は重大な過失によって被告会社の経営を悪化させたものと認めることはできない。

4  したがって、被告哲也らには商法二六六条ノ三の規定により、本件各金員を支払う責任はない。

五  取締役の抹消登記請求について

(証拠略)によれば、被告会社は昭和六〇年一二月一六日、前記原告の被告会社取締役就任登記の抹消登記手続をしたことが認められるので、原告の右請求は失当である。

六  よって、原告の被告会社に対する請求は、未払給与合計三四八万二四五二円、通勤交通費合計一八万二九八〇円、退職金一一五万五二九一円及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、原告の被告哲也及び被告ユキヱの対(ママ)する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 土屋哲夫 裁判官 大竹昭彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例